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保呂村:紀伊続風土記(現代語訳)


保呂村 ほろ

 田畑高 223石7斗1升3合5勺
 家数  53軒
 人数  189人

田辺荘新荘村より南、岩田郷岩崎村を経て南の方1里10町余り、熊野街道にある。富田川を隔てて岩崎村に相対する。保呂の名義は詳らかでない。

秋葉社・弁財天社 社地周90間。上畑という所にある。

法善寺 禅宗五山派内川村林翁寺末
村の巽(※東南※)にある。長禄年中に内川治部大輔という人の建立という。

大日堂 境内周40間。村の巽(※東南※)にある。

鴻巣城蹟
村の巽(※東南※)にある。東西10間、南北15間。山本主膳正の家士内川平兵衛という者の城という。平兵衛は当村及び内川を支配した人という。安宅荘久木村の小山氏が所有する畠山植長より小山式部大輔宛の文に今度保呂城へ敵取懸候之処雖及一戦彼城落居無念次第候殊同名数多討死不便粉骨無比類候弥忠節肝要候謹言とある保呂城は当城のことであろう。

和歌山県西牟婁郡白浜町保呂

読み方:わかやまけん にしむろぐん しらはまちょう ほろ

郵便番号:〒649-2321

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牟婁郡:紀伊続風土記