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木本郷:紀伊続風土記(現代語訳)


木本郷 きのもと 全6ヶ村

木本郷全6ヶ村、南は有馬荘に接し、西は北山郷に接し、東北は曽根荘に接し、東南は海に面する。その幅は東西1里半に満たず、南北は3里半以上ある。この荘は東南は海に面するけれども、山々の出崎が多く海岸が湾曲して浦々をなすので、村居の成り行きは一様でない。木本浦は片浜であるが漁を業とする者が多く、また北山郷及び近村から諸貨の集まる所で、かつ郡の布政所がここにあるので邑中で商売が多く、村居は市□の形がある。新鹿村は前面の海湾が広く、後の谷合も深く開け、村居もまたよい。その他はみな海岸少しつつの谷合を開いて村居をなす。みな小村である。

この地のその初めを考えるに、新宮の神地であったであろうが、もとより海岸で田地が少ないので、別に地頭のきわだった者も聞こえない。しかしながら慶長検地帳に、四郷の称があるときはこれを領した地頭がいたのだろう。後世、有馬氏がここより北の方、曽根荘・三木荘の両荘の辺りまで併呑したときから土地の人は通して有馬荘と称す。しかしながら有馬氏がここを領したのもしばらくのことなので通して荘号とするに足らない。よっていまその古い称に戻そうとすれば、この地は四郷荘となすべきだろうが、その称は他に見られる所がなく、領主も詳らかでないので、確称となしがたい。

いま木本は郡の布政所がある所であり、この辺りは輻湊の地であるので、木本郷をもって6ヶ村をまとめる。

木本郷6ヶ村

 


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牟婁郡:紀伊続風土記