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田野井村:紀伊続風土記(現代語訳)


田野井村 たのい 小名 追ガ芝(おいがしば) 辻野(つじの)

 田畑高 604石2斗5合
 家数  111軒
 人数  447人

矢田村の亥の方(※北北西※)21町にある。村は広く人家は多い。村の中に山がある。中山という。この山は古、安宅氏の砦であったという(あるいは田野氏の城地であったという)。小名追が芝は川を隔てて本村に向かっている。辻野は川向辰の方(※東南東※)8町余りにある。

春日社  境内山林周85間
 末社 金比羅社  拝殿
中山にある。1村の産土神である。天文15年の棟札には安宅玄蕃□本願主と描いてある。天正10年の棟札には田井左近大夫氏俊とある。当社は中山城の鎮守で、初めは中山の城主の安宅氏が造営し、後に被官田井氏がここ居城して造営したのだ(神号は天文から慶安までの棟札には五社明神と見える。寛文5年以降の棟札には春日明神とある)。

天徳寺  鳳輝山 禅宗臨済派京妙心寺末、村の中にある。

阿弥陀堂 小名中山にある。

修験者  光明院
小名寺地にある。堂がある。地蔵を安置する。

旧家2家 
         田井伊大夫
家伝に、榎本判官直光が当村を領し田井を氏とする。その後、田井備前守という者がいた。河内国の畠山義英に仕えて、後に安宅玄蕃のために亡ぶ。それより代々土民となった。先祖の屋敷は村の中の中山にあったという。義英から田井備後守に贈る書簡の写し3通、また永正4年盛秀康綱から田井筑後守へ贈る状の写し、文亀2年幸野孫三郎奉公状などを所有する。

         田井為八
田井備後守の後裔という。義英、義将、盛綱、康綱が田井備後守に贈る文書5通の写しがある。また永享3年に義長から榎本民部少輔に贈る文書がある。みな写しである。天養年間中の文書がある。

和歌山県西牟婁郡白浜町田野井

読み方:わかやまけん にしむろぐん しらはまちょう たのい

郵便番号:〒649-2523

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牟婁郡:紀伊続風土記