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小川谷郷:紀伊続風土記(現代語訳)


小川谷郷 こがわだに 全6ヶ村

小川谷郷全6ヶ村は、東は色川郷と接し、西南は三前郷に接し、北は七川谷郷に界する。南北の長さ3里余り、東西1里ばかり。

古座川の支流で、古座川の大きいのに対して小川の称がある。その流れは乾(※北西※)から巽(※東南※)に向かう。小川の源は大桑村宇筒井村2村の谷間から出て、長洞尾村に至り、色川郷小森川村から出る川(この川は田川村・赤木井村を経て小川に落ち合う)と落ち合って、山手村中崎村を経て三前郷直見村を経て川口村に至って古座川に入る。

小川であるが、長洞尾村まで舟の通いがある(小森川村から来る川は源が深く流れ遠い。これと合流するので水が多い)。よって材木薪柴を出すのに便利である。生産作業はおおよそ七川谷郷と相似て人家ももとより多くない。別に論ずるまでもない。

この荘は北に七川谷郷があり、南に三前郷がある。これを口熊野の界とする。東の方の色川郷並びに大田荘から東北を奥熊野の地とする。考えるに奥口の称があるのは、大塔の峰が熊野の中央に跨がって東西を隔てるためである。

地形を持って考えれば、北の方は大塔の峰を界として、南の方は古座川の西に連なる峰筋より南の端は三前郷の重山に至るのを口奥の界とすれば、界限がはっきりとする。そうなれば佐本荘・七川谷郷三前郷・小川谷郷の4荘は奥の界域に入るべき形であるが、いま口に属するのは説明しがたい。

思うに奥口の称は古くは公制ではなく土地の人の言い習わしに起こり、その界限も定かでなかった。後世その伝えのままを用いて今は公制となり、このようになって来たのであろう。

小川谷郷6ヶ村

 


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牟婁郡:紀伊続風土記