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久生屋村:紀伊続風土記(現代語訳)


久生屋村 くしや

志原村の艮の方(※東北※)24町にあって浜辺の往還へは15町を隔てている。本宮から木本荘木本浦へ出る道路である。村から丑の方(※北東微北※)に交通の要所の道があって、東は往還口有馬に至り、南は志原村に通じ、坤(※西南※)神木村に達し、乾(※北西※)金山村に赴き、北は山崎村の行路である。

村名は古くは倶生屋または串屋とも書いた。産土神より出た称であろう。これの仮字に生の字を用いるのは僧侶の牽強に出たのであろう。詳らかに下の産土神の条で述べた。

産土神社  境内周52間
 本社2社(久生神社・若宮) 表行3尺1寸
  拝殿
村の乾(※北西※)1町ばかりにある。祀神はあるいは倶生神とも書いた。考えるに、くしの神は応神紀の歌に(※略※)と見える。その他の国々にもなくしの神などと称するものがある。これはみな少彦名命といっているので、当社もこの神であろう。僧侶が倶生神を採り合わせてこれの仮字に生の字を用いてからその真を失ったのであろう(村の内に地獄の釜、姥が前などいう地名があるのもみな僧侶の虚妄から出た)。

金生寺  宝珠山 禅宗曹洞派奥有馬村安楽寺末、村中にある。

久生屋池
村の東2町にある。南北5町、東西2町ばかり。北は有馬池の水を受けて、南の方の志原川に落ちる。有馬池から志原川まで全長10町ばかり。有馬池の条を合わせて見よ。

三重県熊野市久生屋町

読み方:みえけん くまのし くしやちょう

郵便番号:〒519-4326

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牟婁郡:紀伊続風土記