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口和深村:紀伊続風土記(現代語訳)


口和深村 くちわぶか

 田畑高 130石8合
 家数  28軒
 人数  106人

周参見浦の巽(※東南※)34町にある。和深川は見老津浦の堺の山より流れ出て和深川村を経て当村にて海に入る。人家はその海口にある。和深は湾が深いという意味である。口というのは潮崎荘に同名があるので分けて呼ぶのだ。古くは口の和深と称したとか。

矢倉明神森  境内森山周200間
村中にある。社はない。木を神体とする。拝殿はある。

小祠4社
 蛭子社  社地森山周100間、海辺にある。
 地主社  社地森山周62間。
 八幡社  社地森山周200間、2社、八幡山にある。
 猪神碑  海辺にある。神社はない。今は石を立てている。往古猪を埋めてその霊を祀るという。

生玉寺 慈光山  禅宗臨済派周参見浦万福寺末
 本堂(7間、6間)  地蔵堂
村中にある。

和深山
村の巽(※東南※)にある。坂道7町ばかり。古歌がある。

     恨躬耻運雑歌百首沙弥能貪上
散木集                俊頼朝臣
 わぶか山世にふる道をふみたがへみたがへ まどひつたよふ身をいかにせん

 

     述懐百首の中
家集                 清輔朝臣
 わぶか山岩間に根ざすそなれ松 わりなくてのみ老やはてなむ

 

名寄                 無名
 身のうさをおもふ涙はわぶか山 なげきにかゝる時雨なりけり

狼煙所
村の南伊豆がはいという所にある。

三石
村の南の方、海上10町ばかりにある。大きさ各々2〜3間ばかり海面に鼎立する。海水に上り潮・下り潮というのがあってこの石を界とする。考えるに、潮の朝夕の満ち引きが月の出入りに従うのはいずれの地でも大方は同じだが、この地は朝夕の満ち引きの他に別に潮の往来がある。土地の人はこれを上り潮・下り潮とという。上り潮とは東から西に行くのをいう。下り潮は西から東に行くのをいう。これは三石より東南の海でいうのだ。三石より北これに反して東南の方が下り潮なので三石より北はこれに背いて北に流れる。東の方が上り潮なので三石より北はこれに反して北から南に向かって流れる。その上り下りするのは三石をもって際限とする。

牟婁郡潮の御崎が南にあり、日高郡比井御崎が乾(※北西※)にあり、土佐国足摺御崎が坤(※西南※)にある。この3所が鼎足の形をなす。およそ下り潮の時は西南足摺御崎から三石に向かって潮が衝き来て三石に当たって左右に分かれる。三石から東に行くものが下り潮であり、北へ行く物はその分流である。これを下り潮という。上り潮の時は御崎の潮は三石に向かって西に流れ、三石より北の潮は東南に向かって流れて来て三石で上下の潮が出合ってひとつとなり西南足摺御崎に衝き至る。これを上り潮という。

その上り下りの時刻に定まりはない。1〜2ヶ月で変わることがあり、1〜2年で変わることもあり、4〜5年を経て変わることもある。また朝に上り暮れに下り上下が定まらないことがある。その変化の理、上り下りの運行がいかなる故なのかわからない。漁を業とする者は下り潮を喜んで上り潮を嫌う。下り潮には魚事が多く、上り潮には魚事が少ないためである。

右の海潮の往来上下は大海の一奇というべきもので、古人にもその理を論じたものはいない。姑、これを書いて識者を待つ。

地士     原 徳左衛門

和歌山県西牟婁郡すさみ町口和深

読み方:わかやまけんにしむろぐん すさみちょう くちわぶか

郵便番号:649-2612

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牟婁郡:紀伊続風土記