石部:物産第一
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石部:紀伊続風土記(現代語訳)
石部(3)
- ○寄石(ヨリイシ)
名草郡多田荘小野田村の山中の渓間に大石がある。大雨のときに渓水が小石を漂わせて来てこの石に触ると、即時に吸い寄せられて離れない。大小数百の石を連着する。日を経ないものは離れやすい。 - ○石□(イシノワタ) (事物紺珠○石ノワタに同名が多い)
海部郡浜中荘の沖島で産する。稀である。
- ○硯材(スズリイシ) (硯譜)
牟婁郡北山郷神上村及び相賀荘船津村の山中で産する。上品である。また琴浦石がある(下に出した)。
- ○一指石 (潜確居類書○俗名指動石)
牟婁郡新宮領神内村の山中の渓間にある。5尺ばかりの円石である。片手で押し動かすと少しも動くことなく、指の先でするとたちまち動く。すこぶる奇しい。『明一統志』に元の楊維禎の一指力可動万夫莫能移の句を載せている。また『盤山志』で揺動石という。 - ○瀑布石 (詩聖堂詩集)
牟婁郡芳養荘古屋谷(フルヤタニ)、日高郡南部荘瓜谷(ウリタニ)・桑谷(クワタニ)などで産する。形状は種々ある。だいたい石質は硬く、古銅器の色のように光沢があって黒褐色。山岩数重あるいは白条があって瀑布のようである。また残雪のようなのもある。人工でなく自然に山谷の形勢がほとんど真に迫って雅趣があって盆山に用いる。考えるに『怪石録』で労山石産即墨縣労山下海浜質甚堅其色如秦漢(※中略※)というものの類であろう。 - ○海内一ノ大石
牟婁郡三前郷相瀬村の山中の渓の側にある。土地の人は一枚岩という。高さ70間余、横240間余。壁立する。享保年中に植村左平次・松本蛇堂、野呂元丈の3人が将軍の命令を蒙って海内(※かいだい、国内※)を採薬したときに、これを国内一の大石といった。
熊野の観光名所:古座川の一枚岩 - ○糸石(イトイシ) (雲林石譜)
名草郡神宮上郷琴浦で産する。その石は紫質で白い糸が相まとうかのような筋がある。すこぶる琴糸に似ている。好事家はこの石を磨いて文房具に製する。至って美しい。 - ○豆石(マメイシ) (一名豆砂)
牟婁郡潮埼荘姫村の浜で多く産する。俗に姫石といってここの名品とする。白色の小石で水晶のように明るく透きとおっているものが混じっている。考えるに、『雲林譜』で「登州石登州海岸砂土(※中略※)」といった類であろう。 - ○ 白石(シライシ)
海部郡浜中荘大崎浦の申の方(※南西微北※)の海浜を白神礒という。そこに白色の大岩がある。その質は純白で磨くと光沢が出て白蝋石のように堅硬である。この白石はこの礒だけでなく石脈は東の方に通じて村中の東山にもある。昔からこの石を して石帯に製する。『和名抄』で紀伊石帯というのがこれである。五位以上の腰帯の料に用いる。『延喜式』の弾正台の条に「凡紀伊石帯隠文王者及定摺石帯参議以上刻鏤金銀(※中略※)」とある。また左大臣高明公の『西宮記』及び『撰塵装束抄』にも出ている。 - ○ 紫石(ムラサキイシ)
海部郡浜中荘沖島で産する。
- ○曽根石(ソネイシ)
牟婁郡曽根荘曽根浦で産する。石質は御影石に似ている。先年、山城御幸宮(※現・御香宮神社※)の鳥居をこの石で造ったという。 - ○白砂(シラスナ)
牟婁郡田辺荘瀬戸村の白良浜で産する。歯磨に用いて上品である。
- ○伽羅石
海部郡雑賀荘和歌浦の伽羅山にある。石理光沢はあたかも伽羅木に似ている。
- ○月渓石
在田郡山保田荘の大月谷で産する。今は上品は稀である。 - ○青石(アオイシ)
伊都郡相賀荘学文路(カムロ)村から出る。 - ○凹石(ナカクボイシ)
海部郡加太荘加太浦で産する。大小がある。 - ○鸚鵡石
牟婁郡四村荘静川村の南20町ばかり。九十良谷にある。静川村の条に詳らかである。 - ○丹倉谷(ニクラタニ)の赤石
牟婁郡西山郷赤倉村の大丹倉の谷にある。赤色の大岩が谷に臨んで壁立する。その壮観はじつに人の胆気を奪う。詳らかに赤倉村の条に載せる。考えるに『西湖志』の北山勝蹟の条で「屯霞石色赫如霞介立崖畔」といった類であろう。
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